非国民2017年07月07日

朝日新聞の記事(2017年7月7日19時22分「『やめろコールは活動家の妨害』 昭恵氏が「いいね!」」)に、フェイスブックの投稿について、次のようにあった。少々長いが引用する。

投稿は、首相が1日に東京・秋葉原で応援演説した際に聴衆の一部から「やめろ」コールが起きた様子を報じたテレビ番組を取り上げ、「ヤジじゃなくプロの活動家による妨害」「テレビでは活動家の人しか映っていない。少人数だけれど拡声器使い大音量で流していただけ。日の丸持って応援していた大半の一般人を完全に無視している」と書き込んでいた。

首相はこの演説で、「やめろ」コールを続ける一団に対し、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と反論。野党からは「傲慢(ごうまん)だ」などと非難の声が上がっている。

問題は、誰が「やめろ」コールをしたのかということではなく、批判に対して正面から対応しないという安倍首相の姿勢にある。安倍首相の「こんな人たち」にしても、投稿の「プロの活動家」にしても、反対者を「一般の人」ではない、別のグループとして排除しようとしている。それが問題なのだ。それは、戦前戦中の非国民という分類と同根である。おかしいと思って声を上げた者を非国民と呼び、非国民だから身柄を拘束されても当然、一般国民には無関係だと言えば、大きな反発は生じない。共謀罪の国会審議でも、テロ集団が対象だから一般国民が捜査対象になることはないという論理を主張していた。それが空論でしかないことは、フェイスブックに投稿されたという「安倍総理の選挙演説の邪魔をした『反対者たち』とは(略)反社会的共謀組織『政治テロリスト(選挙等国政妨害者)たち』なのだから!早速運用執行すべし!」という主張を見れば明らかだ(朝日新聞、2017年7月6日17時59分「辞めろコール『共謀罪で逮捕』 自民議員が『いいね!』」)。

ところで、「日の丸持って応援していた大半の一般人」というのは本当に「一般人」なのだろうか。日の丸持参で応援に来たとすれば、到底、一般人とは思えないし、現場で手渡された日の丸を振っていたとすれば、これも一般人の感覚ではあるまい。立候補者は全員日本国籍を持っているだろうし、オリンピックでもあるまいし、何で日の丸なのか。自民党の候補者は正当な日本人だが、それ以外は外国のスパイだとでも言いたいのだろうか。

ともあれ、「やめろ」コールより、「読売新聞を読むから、演説は要らない」とでも言った方が面白かっただろうな。