真の花2017年09月07日

テレビ朝日で放送されている「やすらぎの郷」は老いたテレビ関係者が入居する老人ホーム「やすらぎの郷」で起こるさまざまな「事件」を描く連続ドラマだが、その第113話にこんな台詞があった。入居者の一人、「姫」と呼ばれていた老女優が他界し、その遺影を選ぶ場面である。

この前、秀さんが私に言った一つの言葉を思い出していた。花伝書の中で世阿弥が言った時分の花(ときのはな)という言葉と真の花(まことのはな)という言葉。確かに若い頃の姫の写真には輝くばかりの時分の花があった。しかし年取ってからの姫の姿にはその人生の深さを秘めた幽玄と言っていい濃厚な美があった。世の中には、数多の女優たちがいる。皆それぞれに若い頃は美しい。けれどかつての美しさにいつまでも必死にしがみつき、何とかその頃の言わば時分の花に固執して小皺を隠し白髪を隠し衰えの中に咲く真の花に気がつかないで一生を終えていく者たちもいる。だが、姫の美しさはそれとは違った歳月の育んだ彼女の美しさは正に今更に輝いていた。それは、秀さんが描いた小皺だらけの姫の絵に最も近いものだった。

秘密の保護だ、自衛権だ、共謀罪だ、オリンピックだ、万博だ、カジノだ、経済成長だ、と浮かれている安倍政権やら世間やらを、この台詞が批判しているように聞こえるのは私だけだろうか。日本という国が19世紀の半ば過ぎに「太平の眠り」から目覚め、アイドルがもてはやされた時代の終わりにデビューしたアイドルのように、時の西欧列強に負けじと遮二無二突き進んだ明治・大正・昭和。その華々しくも愚かしい時代を、平成の世にあって懐かしむことさえ馬鹿馬鹿しいというのに、再現しようというのは、もはや滑稽としか言いようがない。

世間から批判されるとしおらしく見せる一方、野党からの臨時国会開催の要請を無視して世間の耳目を遠ざけ、北朝鮮の脅威を強調して、森友も加計も忘れさせようというのは安倍政権の常套手段だ。北朝鮮が相手にしているのは日本ではなく米国であり、日本は言わば米国の人質である。北朝鮮の大陸間弾道弾は米国本土に届くかどうかという段階だが、日本にも届く中距離弾道弾は多数実戦配備されているという。すべての迎撃ミサイルを撃ち落とすのも、発射前に攻撃し破壊するのも困難である。本当に北朝鮮のミサイルを懸念し「国民の生命・財産を守る」つもりなら、今稼働している原発を止めているはずである。

安倍政権の施策は、ほとんどの場合、表層に現れた一点だけしか見ていない。日本がまだ若い国で国民すべてが「坂の上の雲」を見つめていた時代はそれでもよかったろうが、すでに発展を遂げた日本では問題を悪化させるだけだ。日本は今、老衰と老成の分岐点に立っている。