森林税2007年11月25日

県ウェブページ掲載の2007年11月22日の知事会見から

「森林づくり県民税」について聞かれて

…私はもう何遍も強調しておりますように、大切なことは先送りしていって済む話でしたら、それはできるだけご負担をお願いするのは先へもってったほうか良いと思うんですけれども、やっぱり木は勝手にと言いますか、時間がたつとどんどん大きくなるんですね。それでお金に多少余裕ができたり、いろいろ段取りができたところで「じゃあ、やろう」って言っても、もうその時には手遅れというような性格を持っているのが、この自然を相手の間伐という仕事の一つの特徴だと、私は思っております。

 そういう意味では、今どうしてもやらなきゃいけない、と私はやはり思いましたから、…

 県立高校の再編だって、「今どうしてもやらなきゃいけない」問題ではなかったのか。中高生だって成長する。この時期に充実した中等教育を受けられるかどうかは、その後の70年近い人生に少なからず影響するだろう。しかも、木と違って、曲がっているからといって切るわけにはいかないのだ。

 そもそも、多くの問題は基本的に時間が経てば事態が悪化するものだ。財政再建しかり、高齢化しかり、医療問題しかり、過疎化しかり。また、対策にも最も効果的なタイミングというものがある。それを外せば効果が低下し税の無駄遣いにつながる。「今どうしてもやらなきゃいけない」と言うだけでは、その政策を進める説明にはなっていないし、事ここに至るまで問題を放置したと告白しているようなものだ。と言って、その責任を負うつもりはなさそうだ。やりたくない仕事は「民意」を出汁にして反古し、都合のいい仕事は「今どうしてもやらなきゃいけない」といって強行するというわけだ。

 森林が公共的性格を持つというのが税を投入する一つの根拠とされているようだが、それに異論はない。しかし、それなら森林の所有者に整備を義務づけるべきではないのか。

 たとえば、川が所有地内を流れていても勝手に流れを変えることはできないはずだし、ゴミを投棄していいものでもない。電力会社やガス会社は私企業だが、その業務の性格から安定供給の義務が課されている。ペットを放置すれば虐待とされるし、景観条例や建築協定による建築制限あるいは土地の用途規制もある。ゴミ化した森林はゴミの不法投棄のようなものだし、森林虐待であり、景観を悪化させる。したがって、所有する森林を管理しきれないのであれば、所有者の責務として手放すべきだと思う。それに従わない場合は、売却や間伐の勧告あるいは強制執行の権限を県などに与えればよい。その受け皿として森林組合や森林公社を想定し、そこに税を投入するというなら納得されるのではないか。