同盟の真価?2017年08月16日

朝日新聞の記事(2017年8月15日21時12分「『撃ち落とさなければ、日米同盟どうなる』外務副大臣」)によると、外務副大臣が「北朝鮮から日本の上空を飛び越えてグアムの方へ(ミサイルが)行く。そういう時、日本の自衛隊は本当に撃ち落とさなくていいのか。日米同盟の真価が問われている。リスクを共有しない同盟はない。」と述べたそうだ。

戦没者追悼中央国民集会での発言だそうだが、これに頷いた人は多かったのか、少なかったのか。私には、暴力団の論理(あるいは、「組織の論理」)にしか思えないのだが。

誰かが誰かに損害を与えようとしているとき、被害が想定される人が友人・知人なら助ける(ということは、そうでなかったら傍観するということだろう)というのは、如何なものか。たとえ、敵であっても助けるというのが、右派の人が大好きな「道義国家」の大義ではないのか。

そもそも、そのような状況における防衛は正当防衛(「自己または他人に加えられる急迫した不正の侵害に対し、これを防ぐためやむをえず行なう加害行為。刑法上、違法性を欠くものとして犯罪とならず、民法上は不法行為としての損害賠償責任を生じない。」日本国語大辞典)であって、同盟とは無関係である。

ちなみに、先の大戦を自存自衛のための戦争だったという意見もあるやに聞くが、自存自衛のために他国に入るというのは、これは正当防衛ではない。それは単なる侵略であり、大義は全くない。

かつて、嵐で遭難したトルコの軍艦を助け手厚く遇した日本をトルコは未だに忘れていないという。また、目の前のユダヤ人難民に通過ビザを自己の責任で発給した杉浦千畝をユダヤ人は未だに忘れていないという(外務省は非難、名誉回復は2000年)。細部の真偽の程はさておき、そう言われる国こそが「道義国家」ではあるまいか。