学術会議会員の任命2020年10月08日

昨今、学術会議会員の推薦制について、喧しい。学術会議は一行政機関であり、その会員は非常勤特別公務員であるから、あるいは、国家予算を付けているのだから、内閣総理大臣が任命を左右しうるのは当然だ、というのが当の内閣総理大臣の主張らしい。しかし、果たしてそうなのか。

会員が公選制から推薦制に変更されたのは1983年である。政府提出の法案として5月に参議院で審議・議決、衆議院に送付され、一部修正の上で議決されて参議院に戻され、11月に成立した。5月10日と12日に開催された参議院文教委員会の議事録には、次のようにある(国会図書館国会会議録検索システムによる)。なお、粕谷照美は文教委員会理事、高岡完治は内閣総理大臣官房参事官、手塚康夫は内閣総理大臣官房総務審議官、中曽根康弘は内閣総理大臣である。

5月10日参議院文教委員会

061 手塚康夫
○政府委員(手塚康夫君) (略)
 それから、いまちょっとお話にございましたように、何か法令上の根拠もというふうに書いてございます。その辺私どもは、これは全く形式的任命であると考えているわけでございます。
 研連に二百十名の会員候補者の割り当てを行って、そこから二百十名出てくれば、これはそのまま総理大臣が任命するということでございまして、それが二百二十名出るとか何とかであれば問題外ですが、そういう仕組みになっておりません。そういう意味で、私どもは全くの形式的任命というふうに考えており、法令上もしたがってこれは形式的ですよというような規定、ほかにも例がございませんが、書く必要がないと判断して現在の法案になっているわけでございます。

5月12日参議院文教委員会

150 高岡完治
○説明員(高岡完治君) ただいま御審議いただいております法案の第七条第二項の規定に基づきまして内閣総理大臣が形式的な任命行為を行うということになるわけでございますが、この条文を読み上げますと、「会員は、第二十二条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣がこれを任命する。」こういう表現になっておりまして、ただいま総務審議官の方からお答え申し上げておりますように、二百十人の会員が研連から推薦されてまいりまして、それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうにこの条文を私どもは解釈をしておるところでございます。この点につきましては、内閣法制局におきます法律案の審査のときにおきまして十分その点は詰めたところでございます。

151 粕谷照美
○粕谷照美君 たった一人の国立大学の学長とは違う、セットで二百十人だから、そのうちの一人はいけませんとか、二人はいけませんというようなことはないという説明になるのですか。セットで二百十人全部を任命するということになるのですか。

152 高岡完治
○説明員(高岡完治君) そういうことではございませんで、この条文の読み方といたしまして、推薦に基づいて、ぎりぎりした法解釈論として申し上げれば、その文言を解釈すれば、その中身が二百人であれ、あるいは一人であれ、形式的な任命行為になると、こういうことでございます。

153 粕谷照美
○粕谷照美君 法解釈では絶対に大丈夫だと、こう理解してよろしゅうございますね。

154 高岡完治
○説明員(高岡完治君) 繰り返しになりますけれども、法律案審査の段階におきまして、内閣法制局の担当参事官と十分その点は私ども詰めたところでございます。

155 粕谷照美
○粕谷照美君 同じところに、二十五条、二十六条でですか、会員の辞職の承認も総理大臣が行うということになっていますが、その理由は何ですか。

156 高岡完治
○説明員(高岡完治君) これは、従来の選挙制が今回の改正法案によりまして推薦制ということに変わるものですから、特別職国家公務員としての日本学術会議会員としての地位といいますか、法的な地位を獲得するためには、何らかの発令行為がどうしても法律上要ると、こういうことでございます。そのために二十五条、二十六条は、従来は総会の単なる普通の決議、あるいは意に反する解職の場合につきましては総会の特別決議によりましてその地位を奪うという規定になっておったわけでございますけれども、その普通決議、特別決議の点は現行法のとおりといたしまして、形式的にその要件を欠いたままで辞職の発令行為を行うということでございまして、これも法第七条第二項と同様、全く形式的な発令行為と、このように私ども理解しております。この点は内閣法制局とも十分第七条第二項同様詰めたところでございます。

157 粕谷照美
○粕谷照美君 それでは内閣総理大臣の任命行為は、そういうことになればむしろこの趣旨に反するのではないですか。任命はあくまで形式的であって実質的な意味がないというのであれば、こんなのやめた方がいい。学術会議の独自性、自主性の趣旨に合わない、こう思うのに対してはどういうふうに理解していらっしゃいますか。

158 高岡完治
○説明員(高岡完治君) これはむしろ先生御指摘のように、そういうところにあるのではございませんで、今回の改正法案は推薦に変える、こういうことでございますので、選挙制から推薦制に変えるというところにこの改正法案の眼目があるわけでございます。内閣総理大臣の発令行為と申しますのは、それに随伴する付随的な行為と、このように私どもは解釈をしておるところでございます。

159 粕谷照美
○粕谷照美君 学会が責任を持って、先ほども言われましたように、いまと違ってもっと強い責任を持って推薦をされた人は自動的になる、内閣総理大臣が任命しなくたって学会員になると、こういうことには法的にはならないのですか。

160 手塚康夫
○政府委員(手塚康夫君) 国家公務員になるかどうかというのが学術会議が最初にできたとき問題になったようでございますが、そのときに、国家公務員である、しかもそれは特別職ということで人事院も判断しているところでございます。その中で、国公法の中で、就任について選挙によることを必要とする職員ということで、この場合にはそのままでいわば特別職になるということで、実際には任命行為を行っていない。ただ、今度のような形になりますと、それで読むことはもちろんできませんし、いま参事官からも申しましたように、付随的な行為として形式的な任命を行わざるを得ないということでございます。

(略)

308 中曽根康弘
○国務大臣(中曽根康弘君) これは、学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。

(略)

365 高岡完治
○説明員(高岡完治君) 今回の改正法案のこの制度の改正は、内閣総理大臣の任命制をとるということが目的では毛頭ございません。選挙制を推薦制に変えるというのが今回の改正法案の骨子でございます。先ほども御説明申し上げましたように、推薦制をとるがために国家公務員としての位置づけをされております日本学術会員が、その法的地位を獲得するためには何らかの入口をあげ、中に引き入れるという行為が法律的には必要になってくるわけでございまして、そういう随伴する行為として内閣総理大臣の任命というものを考えたわけでございます。したがって、申し上げるまでもなくそれは形式的任命ということでございまして、これは先ほども総理からお答えになりましたとおりでございます。

成立した法の解釈については、制定過程における審議において明らかになっていない点についてならば、その法を執行する政府解釈の変更はありうる。たとえば、前政権が多用した「ご飯論法」では、「その『ご飯』は食事の意か、米飯の意か」と質問者は確認していない。したがって、政府解釈はこうだ、と主張する論理は可能である。しかし、政府提出の法案について文教委員会に出席した政府委員も国務大臣(内閣総理大臣)も「形式的任命」の意であると説明しているのである。その上で議決されたのであるから、それ以外の解釈の余地はない。「形式的任命」は、政府の約束でも政府解釈でも慣例でもない。法の一部である。

したがって、推薦された者を任命しないのは違法である。時代の変化に合わせて見直すというのであれば、改めて政府提案として改正案を提出すべきである。

改正案が提出された4月28日の文教委員会では、参考人を呼び意見を聴取している。その中で学界内や政府とのやりとりが明らかにされているが、学界側の懸念の一つは「形式的任命制が実質的任命制に移行しない制度的歯どめが可能であるか」であった。