山小屋と政治2018年10月27日

朝日新聞の記事(2018年10月27日05時12分「生ごみ放置、清流の山中に異臭 記者が目撃した投棄現場」)によると、南アルプスの山小屋がゴミを投棄していたそうだ。記事は

《「すばらしき登山」などの著書がある登山家の山中保一さんの話》 美しい自然への冒涜だ。山にごみを捨てるのが普通だった時代もあったが、山小屋を含む多くの人たちの保全活動や呼びかけもあり、今は「ごみは持ち帰りましょう」が常識になり、山ではごみをほとんど見かけなくなった。山で生活し、環境の変化にも敏感な山小屋の人たちは自然を守り、登山客に環境保全を啓発していく立場。それができないなら営業を続けてはいけない。(「ぼうとく」の漢字変更)

という識者の見解を載せている。

話は変わるが、先だって、安倍首相は自衛隊の観閲式で、次のように訓示したそうだ(首相官邸のウェブによる)。

領土・領海・領空、そして国民の生命・財産を守り抜く。政府の最も重要な責務です。安全保障政策の根幹は、自らが行う継続的な努力であり、立ち止まることは許されません。

この5年余りの間に、我が国を取り巻く安全保障環境は、格段に速いスピードで不確実性を増し、厳しいものとなりました。

今や、安全保障のパラダイムは大きく転換しつつあります。宇宙、サイバー、電磁波といった新たな分野で競争優位を確立できなければ、これからこの国を守り抜くことはできない。

……

今や、国民の9割は、敬意をもって、自衛隊を認めています。60年を超える歩みの中で、自衛隊の存在は、かつては、厳しい目で見られた時もありました。それでも、歯を食いしばり、ただひたすらに、その職務を全うしてきた。

正に、諸君自身の手で、信頼を勝ち得たのであります。

次は、政治がその役割をしっかり果たしていかなければならない。

全ての自衛隊員が、強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える。これは、今を生きる政治家の責任であります。私はその責任をしっかり果たしていく決意です。

回りくどい言い方をしているが、要するに、憲法を改正して自衛隊を軍隊にしたいということのようだ。

かくも軍隊が大好きな安倍首相ではあるが、この訓示で触れた自衛隊の貢献事例はすべて非軍事である。いわく災害派遣、いわく患者の緊急輸送、いわく瀬取り防止のための警戒監視活動、いわくインドネシアでの被災者の命をつなぐ活動、いわくソマリア沖・アデン湾でのシーレーンの安全確保、いわくケニアでのPKO派遣部隊の訓練。この中で多少とも軍事的要素のあるのはシーレーンの確保ぐらいだろうか。PKO派遣部隊の訓練に至っては「参加者たちが、日本から学んだ技術を基に、道路や橋を築く。やがて、通りには多くの人が行き交い、子供たちの笑顔があふれるでしょう。」と述べているほど、自衛隊の貢献は非軍事的なのだ。

しかし、戦車とミサイルを建機と救援ヘリに代えるという話はしない。それどころか、サイバー空間や宇宙空間での軍拡を想定している。他国より強い軍事力がなければ国を守れないという冷戦思考のままだ。

しかし、日本国憲法は、戦力の不保持を定め交戦権も認めていない。すなわち、憲法は軍事力によらない防衛を実現するよう政治に求めている。さらに、第99条では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」としている。自民党総裁ではなく、自衛隊の観閲式に総理大臣として出席し、「自衛隊最高指揮官 内閣総理大臣 安倍 晋三」と署名された訓示で、憲法改正を強く臭わせるというのは憲法違反だろう。

山小屋の話に戻るが、「山で生活し、環境の変化にも敏感な山小屋の人たちは自然を守り、登山客に環境保全を啓発していく立場。それができないなら営業を続けてはいけない」という識者の言葉があった。ならば、「日本の政治家は、武力ではなく外交により自国の存立を図ることを宣言した日本国憲法を守り啓発していく立場。それができないなら日本の政治家を続けていてはいけない。」